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genki について

吉村 元希(よしむら げんき,Genki Yoshimura)は日本の俳優、脚本家、映画監督、漫画原作。 東京都出身。 新劇の女優第1号と言われる松井須磨子は高祖母にあたる。 高校生の時に監督した短編映画がぴあフィルムフェスティバル(PFF)で入選。 その後いくつかの短編映画を制作。 成城大学芸術学部卒業。 映画プロデューサー・映画監督の荒戸源次郎と結婚し、一女をもうける。大規模な映画制作を経験するが後に離婚。 荒戸源次郎制作の「外科室」(坂東玉三郎監督・吉永小百合主演)で脚本家デビュー。 その後、主に日本のアニメーションでシナリオに従事。 「セーラームーンSupers」「デジモンアドベンチャー」「BLEACH」「テニスの王子様」など。 映画「夢の女」(坂東玉三郎監督・吉永小百合主演)映画「笑う大天使(わらうみかえる)」(小田一正監督・上野樹里主演)も手がける。 2016年に映画制作を再開し 短編映画「Visiting Grave~お墓参り~」「L」がゆうばり国際ファンタスティック映画祭、札幌国際短編映画祭で、「狛犬」はカリフォルニア女性映画祭で上映される。(その他、福爾摩沙電影櫥窗 Windows of Formosa Film Festival、福岡インディペンデント映画祭、東京スクリームクイーン映画祭など) また俳優としてNetflix「深夜食堂-tokyo stories-(ハムカツ)」、テレビ朝日「女囚セブン」第1話、手塚眞監督「星くず兄弟の新たな伝説」に出演。 http://www.imdb.com/name/nm0949025/ ●自主映画 1980年 放課後(ぴあフィルムフェスティバル入選) 1981年 凍りついた翼で 1981年 ちいこの遠足 1981年 娘たち 1982年 ミッドナイト・ドライブイン・シアター(ポッキー・ホラーショー)〜意識のランナー〜 1982年 秋山愛子に関する考察 2016年 Visiting Grave~お墓参り~ 2016年 狛犬 2016年 L ●脚本作品 -映画- 1992年 外科室 1993年 夢の女 1999年 白痴(脚本協力) 2006年 笑う大天使(わらうみかえる) -テレビドラマ- 2010年「アザミ嬢のララバイ」(毎日放送)第4話「死者は死んだ羊の夢を見るか?」(共著) -テレビアニメ- 1994年 ママレード・ボーイ 1995年 ご近所物語 1995年 美少女戦士セーラームーンSuperS 1995年 ふしぎ遊戯 1996年 花より男子 1996年 忍たま乱太郎 1996年 美少女戦士セーラームーンセーラースターズ 1997年 夢のクレヨン王国 1997年 CLAMP学園探偵団 1998年 ひみつのアッコちゃん(第3作) 1998年 Night Walker -真夜中の探偵- 1999年 ドクタースランプ 1999年 デジモンアドベンチャー 1999年 神風怪盗ジャンヌ 1999年 おジャ魔女どれみ 2000年 デジモンアドベンチャー02(シリーズ構成) 2001年 デジモンテイマーズ 2001年 Dr.リンにきいてみて! 2001年 テニスの王子様 2002年 満月をさがして 2002年 天使な小生意気 2003年 デジガールPOP! 2003年 マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ 2003年 高橋留美子劇場 2003年 なるたる 2003年 あたしンち 2003年 ブラック・ジャック(読売放送35周年記念スペシャル) 2003年 ボボボーボ・ボーボボ 2004年 マリア様がみてる 2004年 マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ ピュア 2004年 愛してるぜベイベ★★(シリーズ構成) 2004年 マリア様がみてる〜春〜 2004年 ブラック・ジャック(テレビシリーズ) 2004年 BLEACH 2005年 トランスフォーマー ギャラクシーフォース 2005年 シュガシュガルーン 2007年 ゲゲゲの鬼太郎 2009年 マリア様がみてる 4thシーズン -OVA- 1991年 あなたの知らない世界II 1996年 ふしぎ遊戯OVA(シリーズ構成) 2007年 マリア様がみてる 3rdシーズン -特撮- 2007年 獣拳戦隊ゲキレンジャー -ゲーム- 2001年 the FEAR ●原作 漫画「妖姫くれない」 ●出演作品 『狂い咲きサンダーロード』 (1980) 『爆裂都市 BURST CITY』 (1982) 『星くず兄弟の伝説』 (1985) 『野ゆき山ゆき海べゆき』(1985) 日本映画監督協会 創立70周年記念映画『映画監督って何だ!』 (2006) 『お墓参り』(2016) 『深夜食堂-tokyo stories-』(2016) 『星くず兄弟の新たな伝説』(2016) 『女囚セブン』第1話(2017)

鏡の中のおばあさん

鏡の中の自分の顔に、おばあさんが見えてきた。おばあさんの顔の時間がだんだん長くなってきた。

おばあさんになるのは怖い。

たぶん男の人がおじいさんになるのよりも女の人がおばあさんになる方が怖いと思う。

女の人にはショウミキゲンがあるからだ。

女の人は子供を産めなくなると女ではなくなったと言われるから。

女の人が女でなくなったら、何になるのだろう。

なにか生きてる価値がなくなるみたいで怖い。

生きてる価値がなくなるって、ゴミみたいってことかな。

生まれつき子供が産めない女の人はどうなるのだろう。

病気や事故で産めなくなった人はどうなるのだろう。

恋をするのは子供を作る為だって誰かが言った。

その誰かは、子供を産まない人は恋をしないと考えるのだろうか。

そういう、みんなが当たり前に口にするいろんなことに、私の顔の中のおばあさんは、それに見つかってしまわないようにと、必死で隠れる。

きっと私の顔の中のおばあさんだけじゃなくて、女の人は、女の人たちは、それらから見つかってしまわないように、お金をたくさん稼ごうとか、勉強して頭の良い人だと思ってもらおうとか、せっくすがうまくなろうとか、あるいは、やさしいお母さんみたいな人になろうとか思ったりする。

やさしいお母さんはみんなが大好きだから。

おいしいお料理が作れたり、おそうじが得意だったり、よく気が付いてみんなのお世話がじょうずだったり。

気がつくと、女の人たちは自分が一番優しいお母さんみたいな人だと自慢している。

本当のところは分からないのに、みんなが自分が一番だと思いたがってる。

その目を見るとときどき怖いと思う。

生きてる価値を競っている。

全然やさしくなんかない。

でもそういう人は便利だから。

そうだね、すてきだね、あなたがいてたすかるよ、ってみんながいう。

そうやってうそっこのやさしいお母さんをたくさん作ろうとする。

そして、みんなうそっこのやさしいお母さんになろうとする。
みんな、いつか自分の顔におばあさんが現れるのを知ってるかのようだ。

早くおばあさんになって、自分の顔の中に小さい女の子をみつけたりしたい、と思う。

その小さい女の子のことを、きっと永遠だとおもえるだろうから。

その小さい女の子がきっとおばあさんに、大丈夫だよ、ずっと一緒に生きて行こうねって言ってあげられるから。

そして老いて死ぬのはみんな同じなんだよって教えてあげられるから。

ね、だから仲良くしよう。

みんな、仲良くしようね。

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元旦

何かが終われば何かが始まる。
2018年が終われば2019年が始まる。
そんな分かりきったことを皆で祝う。

両親を亡くしてから手放しに新年をめでたいと思うことがなくなった。
若い時は、歳を取れば両親が自分より早くなくなるのは当然のことだと思っていた。
親が先に死ぬことは順番通りな訳だから、むしろそれ自体がめでたいことくらいに思っていた。
そもそも、親との縁が薄かったと言う事もある。

しかし、数年前に母を亡くしたことで両親が共にこの世にいなくなり、初めて糸の切れた凧のようになるという感覚を知って、毎年当たり前にめでたいと祝うことの色んな事が色あせて見えるようになった。

それは、寂しい、という事なのかもしれない。

私はいつもニコニコと笑っていて、良い人、と言われ、優しい人、とよく言われるけれど、実は本心を決して外に見せないようにしているだけだ。
不躾な他人にそれを決して悟られないように。

皆がめでたいとはしゃいでいる時、そんな風には思えない心を隠している人がどこかにいることに気付いてしまうと、不用意に「おめでとう」と言えなくなってしまった。
考えすぎだ。

例えば、新しい命が生まれた時には「おめでとう」と言うべきだ、どんな命であっても。
でも、生きる、と言う事の残酷さを少し垣間見てしまったあとには、本当に今、おめでとうと言ってしまっても良いのかを躊躇してしまう。
めでたいと言える時には言ったら良い。
「おめでとう」と言える時には言ったら良い。
分かってはいるのだけれど。
悲観主義と言ってしまったらそれまでだけど。

誰の命であってもいつかは終わる。
誰もが終わりに向かって生きている。
残酷な世界で生きていく。
生き終えた時にこそ、おめでとうと言いたいと思ったりもするけど。
葬式などでそんなことを口に出したりしたら顰蹙この上ないので。
残された遺族に向けて「ご愁傷様でございました」などと言ってみたりもする。

それでも今現在、やっぱり生きていて良かったと思う自分だったりもするので。
出来れば今生きている全ての人に「生きていて良かった」と思って欲しいと願う。

何かが終われば、何かが始まるから、きっと。

夢の記憶

日蝕の光を浴びてオッドアイになると同時にサイコキネシスの力を得た私は周りの人々や家族から避けられるようになって自宅の地下室に閉じ込められ、悲しみのあまり、自分のサイコキネシスの力で自爆する夢、というのを見たことがある。

目が覚めたら歯を食いしばりすぎていたようで首が痛かった。

10代の時だったと思う。

なんだったのかな。

でもまだ生きてる。

生きてるよ。