ションベン・ライダー

相米慎二監督の「ションベン・ライダー」を再見。
一昨日「セーラー服と機関銃」を見た勢い。
辛い。
公開当時も辛くて辛くて辛かったけど、今見て一層辛い。
相米さんがもう死んじゃってるからだろうと思う。
夢見る少年少女の高邁な理想や純粋な正義感を持ち続けたまま映画を撮り続けることの辛さ。
どんな芸術も辛いけれど、映画は殊更に不条理で残酷なのではないか。
成功したときには絶大な名声と巨万の富を築くことがあるからなんだろうか?
信じられないほどにどす黒い恐ろしい人間の欲望にまみれなければならなくなる。
ただ、良い映画を作りたいという気持だけでこの業界に迷い込むとこんな目に遭うんだよ、という独白を2時間見ているようだ。
いや、私が勝手にそう見てしまうだけだけれど。
十代で映画業界に入り込んでしまった私はブルースのようであり、今の私はあられのようでもある。
あの人はあの人ように、かの人はかの人のように、あの団体は……と、思わないようにしても思ってしまう。
そして、この映画が公開されたときには生きてたあの人やあの人も、今はもういない。
若い人も、そうでない人も。

相米さんには一度お目にかかったことがある。
この「ションベン・ライダー」に出演されていたきらむらあきこさんに会わせてもらった。
渋谷のK`sバーという映画人がよく集まるバーだった。
とてもシャイな人で、ほとんど目も合わせてもらえなかったけれど、不穏な空気を纏っていた。
結局全く話もせずに時間をもてあますだけだったけれど、相米さんは覚えてくれていたようで、数年後に私が離婚した後、パーティで「お前、大丈夫か?」と声を掛けてくれた。
その頃、私は周りから腫れ物のように扱われていて、声を掛けてくれる人もほとんどいない状態だった。
だから、そのたった一言の「お前、大丈夫か?」でどれほど救われたか分からない。
今でもその一言を思い出す。
この映画を観ると、初めて会ったときの相米さんの不穏な空気を思い出して辛い。
でもその辛さを知っている相米さんだから、あの時、声を掛けてくれたんだろうと思う。

いろんな人の優しさで生かされてきたんだと思う。
「あの時はありがとうございました」とちゃんと言えないまま、相米さんは死んでしまった。
「あの一言でどんなに救われたか分かりません」と言いたかった。
「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか、言えるときにちゃんと言わないと。会いたい人には会わないと。そして、人に優しくすることを躊躇しない様に。厳しくすることもね。

なぜだかよく分からないけれど、私はまだ生きているのだから、自分が生きていこうと思えたいろいろなことを、人にしていくのだろうと思う。

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